共産主義者同盟(統一委員会)






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■『戦旗』1666号(10月5日)4-5面

  
 
朝鮮・アジア人民と連帯し
 侵略反革命戦争と民族排外主義・差別排外主義粉砕

 
アジア・インター建設へ向かおう(上)
                            
高橋功作
      
                


●目次

1 抑圧民族共産主義者の為すべき国際主義的実践
2 朝鮮人民の反帝民族解放闘争に対する日本共産主義者の無関心・無理解・無視
(1)朝鮮植民地戦争をはじめとした朝鮮人民の反帝民族解放闘争
(2)日本共産主義者の無関心・無理解・無視(ここまでが(上))
 ①日本共産党
 ②共産主義者同盟
(3)華青闘告発
 ①華青闘告発の内容
 ②華青闘告発の意義
3 アジア・インターナショナルを目指して
(1)中国・朝鮮・日本の活動家の交流(亜洲和親会など)
(2)日系企業で働く韓国労働者の本社行動と支援
(3)米韓・日米韓合同軍事演習に対する闘い 
(4)アジア共同行動
(5)国際民衆闘争同盟


はじめに

 今、全世界で帝国主義の侵略反革命戦争の準備が強行され、同時に、民族排外主義と差別排外主義の嵐が吹き荒れている。われわれはこれらと切り結んで粉々に打ち砕き、帝国主義を世界史的に打倒する革命へ突き進むのでなければならない。そのために、労働者人民の階級形成を進め、同時に、朝鮮・アジア人民とのプロレタリア国際主義に基づく連帯を勝ち取り、強め、共産主義インターナショナルの復権の一環であり反帝国主義闘争の拠点としてのアジア・インターナショナルを建設する必要がある。それを成す上で、われわれの内なる民族排外主義を見据え、剔抉し、克服することが必須条件の一つだ。
 この問題意識のもとに、本稿ではまず、民族植民地問題についてのテーゼ(以下「民植テーゼ」という)と民族植民地問題についての補足テーゼ(以下「民植補足テーゼ」という)を、共産主義者が民族排外主義を克服するための原点かつ基準と位置付けて改めて読む。次に、朝鮮人民の反帝民族解放闘争について日本の共産主義者がいかに無関心かつ無理解で無視し続けたかを見る。最後に、民族排外主義克服のための柱である日韓・日朝連帯運動におけるわれわれの課題を見据え、アジア・インターナショナル建設を展望する。

抑圧民族共産主義者の為すべき国際主義的実践

 一九二〇年七~八月に開かれた共産主義インターナショナル第二回大会で民族植民地問題委員会においてレーニン執筆の民植テーゼとインド人共産主義者でメキシコ共産党を代表して参加したロイ執筆の民植補足テーゼが討議され、共に修正を加えた上、全員一致で採択された。二〇世紀に入ってから一九二〇年代に至るまでカウツキーやルクセンブルグ(「ローザ」と姓ではなく名前で呼ぶのは疑問――筆者)をはじめとするヨーロッパの共産主義者の間で行われた階級と民族の関係をめぐる論争の中で、大ロシア主義への一貫した批判として展開された民族排外主義反対の論陣を張りつつ被抑圧民族の民族自決権を擁護したほぼ唯一の論客がレーニンであり、論争の中で鍛え上げられたその論理の結晶として民植テーゼが提出された。また、「ロイのテーゼは共産主義運動史上画期的な意義を持つものであった。植民地の被抑圧民族の共産主義者がみずからの解放綱領を歴史上はじめて書きあげ、それがコミンテルンの正式な綱領となったのである」(美杉司「アジア諸国人民との一層の団結めざしレーニン民族・植民地問題で武装せよ」、美杉司遺稿集刊行委員会編『美杉司遺稿集第一巻 一共産主義者として』(戦旗社、二〇一九年)。上記の論争と両テーゼの総体的な意義については同論文を参照されたい)
 ここでは、抑圧民族共産主義者すなわち帝国主義足下の共産主義者が被抑圧民族共産主義者と植民地・従属国における民族解放闘争と連帯するための指針・基準を両テーゼから学んでいく。
 民植テーゼ第二条は、共産党が民族問題で主眼とすべき点として次のように言う。「第一には、歴史的・具体的な情勢、なによりも経済情勢を正確に考慮すること。第二には、被抑圧階級、勤労者、被搾取者の利益と、支配階級の利益を意味する全国民の利益という一般的な概念とを、はっきりと区別すること。第三には、ブルジョア民主主義の嘘に対抗して、権利の不平等な被抑圧・従属民族と、完全な権利を持っている抑圧・搾取民族とを、同様にはっきり区別すること」(村田陽一編『コミンテルン資料集第一巻』(大月書店、一九七八年)。以下、両テーゼの引用は同書による)。
 つまり、民族問題で肝要なのは、第一に、当該植民地従属国の歴史と現状(特に経済)がどうなっているかを調べて把握すること。それは支配する/される関係にある帝国主義との関連においてでなければならない。第二に、国内階級関係を把握すること。第三に、被抑圧・従属民族と抑圧・搾取民族とをはっきり区別すること。ひきつけて言えば、自らが植民地従属国の人々を抑圧し従属させ搾取する民族の一人であることを徹底的に自覚し、そこから民族問題に接近していくということだ。
 同テーゼ第九条は次のように言う。「共産主義インタナショナルの民族政策は……諸民族の同権を承認するだけにとどまることはできない」。「すべての資本主義国家で……諸民族の同権や少数民族の権利の保障が絶えず侵犯されていることを、共産党は……うまずたゆまず暴露しなければならないだけではない。さらに、第一に、ソヴェト制度だけが、まずプロレタリアを、次いで全勤労大衆を、ブルジョアジーとの闘争のために団結させることによって、実際に諸民族の同権を与えることができるということを、絶えず説明する必要があり、第二には、従属民族や、権利の不平等な民族のあいだの(たとえば、アイルランドでの、アメリカの黒人のあいだの、等々)革命運動や植民地の革命運動に、すべての共産党が直接の援助を与える必要がある」。
 共産党/共産主義者は民族政策において、①諸民族の同権を承認し、②資本主義国で諸民族の同権や少数民族の権利の保障が絶えず侵犯されていることを暴露し(以上はロシア革命以前にも主張されていた)、③ソヴェト制度だけが――つまり革命だけが――諸民族の同権を与えられることを絶えず説明し、④帝国主義国内の従属・被抑圧民族の革命運動と植民地の革命運動を直接援助する。宣伝・煽動だけでなく、自らが抑圧している国内外の被抑圧民族の革命家たちと出会い、対話し、抑圧する/されるの歴史と現状そして未来への革命的要求を学び、その闘いに接近していく努力を絶え間なく続ける、ということだ。
 同テーゼ第一〇条は次のように言う。「ところが、プロレタリア国際主義は、第一に、一国のプロレタリア闘争の利益を世界的な規模でのプロレタリア闘争の利益に従属させることを要求し、第二に、ブルジョアジーに対して勝利をおさめる民族が、国際資本を打倒するために最大の民族的犠牲を払う能力と覚悟をもつことを要求する。/したがって、すでに完全な資本主義国となっていて、真にプロレタリアートの前衛であるような労働者党をもっている国家では、国際主義の概念および政策の日和見主義的な歪曲や小市民的・平和主義的な歪曲とたたかうことが、第一の、最も重要な任務である」。
 前半のプロレタリア国際主義の二つの点は帝国主義の反革命干渉との戦争を続けるロシア共産党の凄絶な革命的立脚点だ。革命へ向かう過程、革命の勝利、そして革命戦争に至るまで、職場・地域・学園での活動、反政府闘争、国際連帯などすべての領域で国際階級闘争の観点から己の実践をとらえ返す作業が必須だ。後半は、帝国主義足下の共産主義者は上記のプロレタリア国際主義の二つの観点を自分の確信として保持する作業を不断に行い、同時に、武装闘争や蜂起を否定するいわば日共や社民のような小ブル的・平和主義的な主張を絶えず批判するということだ。
 同テーゼ第一一条は次のように言う。「封建的諸関係、あるいは家父長制的および家父長制的=農民的関係が優勢を占めている遅れた(ママ)国家や民族については」、「すべての共産党は、これらの国における民族解放運動を行為によって援助しなければならない。そのさい、この援助の形態は、共産党が存在しているところでは、その国の共産党との協議によるべきである。最も積極的な援助をあたえる義務は、まず第一に、後進(ママ)民族を植民地的あるいは金融的に従属させている国の労働者にかかっている」。
 これは現在的には次のように言い換えられる。すなわち、帝国主義足下の共産主義者は反封建・官僚資本主義の植民地従属国の民族解放運動を実践的に援助する(明示していないが、非共産党であっても民族解放運動=反帝運動である限り援助する意と文脈から解釈できる。ただし、当該運動が民族解放=反帝であるか否かを規定するのは抑圧民族ではなく、当事者である被抑圧民族でなければならない)、共産党があれば協議を通じて援助する、政治的経済的に従属させる/する関係を結ぶ帝国主義国の労働者が最も積極的に援助すべきだ。アジア地域における日本と他の国・地域との関係がまさにこれだ。その地の言語の習得と歴史および現状の学習、民族解放運動との接触、および信頼の獲得を土台とする協議できる関係を構築し、人的物的に援助する努力(長い年月に渡る血の滲む作業だ。それを行う活動家の戦略的配置とそうした問題意識が必須)を帝国主義国の共産主義者だけでなく労働者も義務としてすべきだとしている。
 同テーゼ第一二条は次のように言う。「帝国主義列強が植民地民族や弱小(ママ)民族を長いあいだ抑圧してきたことは、被抑圧諸国の勤労大衆の心に、抑圧民族のプロレタリアートを含めて、抑圧民族一般に対する敵意ばかりか、彼らにたいする不信をも残した。(中略)不信や民族的偏見(ママ)は、先進(ママ)諸国で帝国主義と資本主義が根絶された後に、また、後進諸国の経済生活の基礎全体が根本的に変更されたのちにはじめて消滅することができるのであるから、これらの偏見が死滅する過程は、非常にゆっくりしたものとなるほかない。ここからして、きわめて長いあいだ抑圧されてきた国や民族のあいだの民族感情の名ごりにたいしては、特に慎重な、とくに注意ぶかい態度をとることが、すべての国の自覚した共産主義プロレタリアートの義務となり、さらに、前述した不信や偏見がいっそう早く克服されるように、ある程度の譲歩に応じることが、やはり彼らの義務となる。全世界のあらゆる国と民族のプロレタリアートが、ついでまた全勤労大衆が、同盟と統一をめざして自発的に努力するのでなければ、資本主義に対する勝利の大業を成功裏になしとげることはできない」。
 被抑圧民族が抑圧民族へ抱く敵意と不信は、帝国主義が被抑圧民族を長年に渡って抑圧してきたことに根拠がある、としたうえで、それに対しては「特に慎重な、とくに注意ぶかい態度をとること」と「ある程度の譲歩に応じること」が共産主義プロレタリアートの義務としている。加えて、「あらゆる国と民族のプロレタリアート」と主に農民を指す「全勤労大衆」が「同盟と統一を目指して自発的に努力すること」を資本主義に勝利する条件として求めている。
 帝国ロシアの労働者農民が内面化した大ロシア主義を省察し一貫して批判してきたレーニンだからできた鋭い指摘だ。
 つまり、抑圧民族の共産主義者は、被抑圧民族が自分たちに敵意と不信(「民族的偏見」だの「民族感情の名ごり」だの、否定的な語調が引っ掛かるが)を持っていることを認め、その歴史的背景を掴んだうえで、被抑圧民族の声に耳を傾け、しっかり受け止める。そして、必要であれば様々な場面で文字通り「ある程度の譲歩に応じる」ことが求められる。
 続いてロイの主張を聞こう。
 民植補足テーゼ第四条は次のように言う。共産主義インターナショナルは、「政治的および経済的な従属諸国において帝国主義の打倒をめざして活動している革命的勢力との関係を打ち立てなければならない。世界革命の終局的な成功を保障したいならば、この二つの勢力が結合されなければならない」。
 コミンテルンに結集する各国共産党・共産主義者は、従属国の反帝国主義革命運動の意義を認め、自ら進んで積極的に同勢力と接触し論議し連帯する関係を築く努力をしろ、ということだ。活動範囲と問題意識を国内にとどめず、反帝国際連帯を推進しろ、ということだ。
 同テーゼ第八条は次のように言う。「さまざまな帝国主義国の共産党は、植民地のこれらのプロレタリア諸党と協力して活動し、それらの党を通じて、革命運動一般にあらゆる精神的および物質的支持をあたえなければならない」。
 帝国主義足下の共産党の義務として、①植民地の「プロレタリア諸党」――労働者が主体の党で非共産党も含む――との協力しての活動、②プロレタリア諸党を通じて革命運動を精神的物質的に支持することを挙げている。精神的支持とは声明や連帯メッセージの類を、物質的支持とは人的物的支援を指すものと推察する。
 総じて、以下のようにまとめられる。帝国主義足下の抑圧民族共産主義者は、自国が従属させている、または植民地支配している国と自国との抑圧する/される歴史的・現在的関係を認め、掘り下げて理解しなければならない。そして、自国が抑圧している植民地・従属国における反帝民族解放闘争若しくは民族革命運動の歴史と現状に関心をもち、その理解を深め、物質的な支援・援助を行わなければならない。その上で、抑圧民族としての民族差別の歴史と現状をとらえ返し、内面化している己の民族排外主義・差別排外主義(ロシア共産主義者にとっての大ロシア主義)を対象化し、それを克服するために努力しなければならない。

朝鮮人民の反帝民族解放闘争に対する日本の共産主義者の無関心・無理解・無視

 だが、日本の共産主義者は民植テーゼと民植補足テーゼを実践せず、朝鮮階級闘争について無関心で無理解で無視した。この断絶は何なのか。日本共産主義運動は国際主義が実質的に欠如していたのであり、共産主義者だけでなく労働者人民のほとんどが帝国主義思想に呪縛され、運動現場においても利用主義に終始した。朝鮮人民の反帝国主義民族解放闘争と共産主義運動に私たち日本の労働者階級人民は深く学ばなければならない所以だ。
 まず前提として、朝鮮人民の階級闘争の流れを確認しよう。

朝鮮植民地戦争をはじめとした朝鮮人民の反帝民族解放闘争

 日帝植民地支配時代(一九一〇~一九四五年)だけでなくそれ以前から日本帝国主義の軍事的暴力に対する朝鮮人民の抵抗闘争が連綿と続いた。槇蒼宇(シン・チャンウ)によれば、江華島事件を巡る日本の武力挑発、公使館守備隊名目の日本軍駐屯、甲午農民戦争、日露戦争、義兵戦争、三・一独立運動、シベリア戦争と間島虐殺、満洲抗日戦争と繰り返された「朝鮮植民地戦争」(『朝鮮植民地戦争』(有志舎、二〇二四年)だ。
 また、梶村秀樹は、抗日闘争として、甲午東学農民戦争、三一独立運動、大韓民国臨時政府、義烈団、朝鮮労農総同盟、朝鮮共産党、新幹会、甲山火田民事件、間島闘争、「満洲」を主題に論究し、その歴史的意義を明らかにしている(『梶村秀樹著作集第四巻 朝鮮近代の民衆運動』(明石書店、一九九三年))。梶村によれば、朝鮮抗日闘争の階級的性格は以下のように変わって行った。すなわち、
反帝反封建→民族解放闘争とその主導権のブルジョアジーからプロレタリアートへの移行→社会主義・共産主義運動の勃興→朝鮮共産党の結成・解散・再建運動→民族主義左派と共産主義者の協同と分離→コミンテルンの朝鮮階級闘争への軽視と方針のジグザグ(共産党の解散と再建の支持→社会民主主義者およびプチブルとの分離→反ファシズム統一戦線)。
 意識していたのか否かは不明だが、マルクスの『共産主義者同盟中央委員会の同盟員への呼びかけ』という回状(一八五〇年)を彷彿とさせる記述だ(ちなみに、民植テーゼと民植補足テーゼにも回状の永続革命論的発想が底流していると推測される)。

 


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